初めまして、心理カウンセラーの市川 茉里子(まりこ)です。
・なぜだかわからないけど、生きづらさを抱えている。
・本当の自分が見つからない。
・自己肯定感が低く、自分はダメだと思ってしまう
そんなお悩みを感じている方たちに
自分らしく生きる力を身につけることで充実の人生を手に入れることができる
リライフカウンセリングを行っています。
気付くと親の顔色をみていい子にしていた幼少期
私は、父は厳格な大学教授、母は主婦という家庭に生まれ、病弱で優秀な兄、年の離れた弟に挟まれた長女として育ちました。
仕事が多忙で家庭を顧みない父は、子供には無関心で手を伸ばしても届かないような厳格な存在でした。
母は持病がある兄の看護や小さな弟の面倒に追われていていつも忙しく動いていました。私が話しかけると、厳しい表情で「今、忙しいから後で。」と言われてしまいます。
気がつくと私は幼い頃から「父に怒られるのが怖い、忙しい母の手を煩わせてはいけない。」と思い、いつも親の顔色を見て手のかからないいい子を演じていました。
「私にも優しくしてほしい。」そんな気持ちをがまんして、いつもいい子でニコニコしているような子供でした。
そうしていると母は「あなたは本当にわがままを言わないいい子だね。」と褒めてくれたのです。
「いい子」を演じて、本当の自分を見つけられないまま成長する
⚫︎友達ができず、いじめられても助けを求めちゃいけないと思っていた小学生時代
家庭で自分を押し殺していた私は、学校でも子供らしく過ごすことができず「よくできるいい子。」でいました。自分では普通に過ごしているつもりでしたが次第に友達と距離ができていったと思います。
また、小さな頃からアレルギー体質で小学校3年生ごろからアトピー性皮膚炎が悪化、手足や首など洋服から出ている部分が見るも無惨な状態になってしまったのです。
子供は残酷です。クラスの子から「汚い。」などとひどい言葉を浴びせられることもしばしばでした。
当時はまだ「いじめ。」という言葉が注目されておらず、担任の先生も見て見ぬふり。学校で居場所のない友達のいない子になってしまいました。
それでも「手のかからないいい子」だった私は、母を困らせてしまうと思って相談できませんでした。父はとても相談できるような存在ではなく、遠い存在でした。
勇気を出して一度だけ母に相談しましたが、母からは「しかたないでしょう、あきらめなさい。」と冷たい言葉が帰ってきました。
勉強がよくできて優秀だった兄は自慢の息子だったのでしょう。母は兄と話す時はいつも優しい顔をしていました。幼かった弟の面倒を見る時も母は優しい顔をしていました。
そんな母を見て、「手のかからないいい子」」でいれば、私のことも優しい顔で見てくれる、わがままを言うと冷たくされると思っていました。
⚫︎家での居場所を見つけられず、自分をがんじがらめにしていた中高時代
中学に進学した頃から仕事を始めた母は家事との両立が大変そうでした。父は相変わらず仕事に多忙で家庭を顧みず、そんな母を見た私はますますいい子でいるようになりました。
一生懸命勉強し部活もがんばり、親に心配をかけないようにしていました。
高校に進学して環境が変われば友達ができるかと期待しました。仲良くしたくて近付いて行ってもうまくいきませんでした。そのうち拒絶されるのが怖くなり、1人でいることが増えました。
幼いころから親の顔色をみて「いい子」を演じ続けてきた私は、自分が孤独であることにも気付けず、もっといい子でいれば両親に愛してもらえると期待して、自分をがんじがらめにしていたのだと思います。
本当の自分を見つけられない「いい子」を演じたまま成長していったのです。
やがて、大学受験を終え私が選んだ進学先は、自宅からは通学できない距離にある遠く離れた場所にある大学でした。大学進学を理由に自宅を離れ1人暮らしを始めました。
親の目を気にせず生活できることが新鮮に感じたことを覚えています。
大人になり結婚、幸せな家庭を築くはずが…
⚫︎ワンオペ育児、夫の協力を得られなくても助けを求めてはいけないと思っていた
その後社会人となり職場で知り合った男性と結婚、自分の居場所を見つけて、仕事・プライベートともに平穏な日々を手に入れたと思っていました。
やがて、1人目の子供が産まれました。夫は子供が産まれたことには喜んだものの、育児には参加しようとしませんでした。
「いい子」を演じてしまう私は、夫に協力は求められない、自分ががんばればいいと思い全部1人でこなしていました。
数年たち、2人目の子供の妊娠中、毎日忙しく動き回った私は、医師からすぐに手術しないとこのままでは赤ちゃんは助からないかもしれないと言われてしまいました。
お腹にいる赤ちゃんはなんとしても守りたい、と心がちぎれそうになりました。夫に報告すると、夫からの言葉は「かんべんしてくれよ、ちゃんと体調管理してくれよ。」というものでした。
私はますます、「やっぱり、1人でがんばらなくちゃいけないんだ。」と思うようになりました。
その後、2人目の子供を無事出産、無我夢中にワンオペ育児の日々をおくりました。
毎日やることが多くて、疲れ切ってしまっても、「いい子」を演じてしまう私は、夫にも誰にも助けを求めず、1人でがんばらなくちゃいけないと、自分をがんじがらめにしていきました。
⚫︎夫の暴言が始まり、追い詰められて行く
その頃から、夫は私に内緒でマンション投資や高額の買い物をし、さらにはギャンブルにも手を出して借金を重ねていました。
手がけていた事業がうまくいかないことが増えたようで、仕事を終え帰宅すると、たまったストレスを暴言として私にぶつけるようになりました。
何が起きているのかよくわからない私は本当に怖かったです。
恐怖を感じながら、「とにかく私が子供を守らなくちゃいけない。」「とにかく子供たちが大人になるまでは・・・・」と思い、仕事・家事・育児と多忙な日々の中、少しずつ精神的に追い詰められていきました。
⚫︎子供の不登校、自分のうつ病。どん底の日々に何度もあきらめかけた
誰にも助けを求められないまま必死な日々、夫の暴言に怯えながら過ごす日々、家の中は少しずつ荒れた空気に変わっていきました。
機能を果たさない両親に危機を感じたのでしょう。数年たったある日、上の子供がある日突然、不登校になりました。
「お前のせいだ、学校に行かせるのはお前の責任だ。」「おれが養ってやっているんだ。」と夫はますます暴言を繰り返し荒れ狂いました。
心が傷ついた上の子供、怯えきった下の子供。
この子たちが無事に大人になるまでは私が守ろうと心に決めた私は、仕事と育児をやり抜こうとしていましたが、食欲が落ち、みるみる体力が落ちていきました。
心と身体が蝕まれていきました。
ある日とうとう、外出中に倒れてしまい病院に運ばれ、過労と診断を受けました。会社にも行けなくなった私はうつ病と診断され休職、やがて失業してしまいました。
夫からの暴言に怯え、職を失い、子供たちを守ることもできない。八方塞がりでどん底の日々でした。
もうダメだと毎日のように思っていました。
カウンセリングと出会い、本当の自分を見つけることができた
⚫︎心がうそのように軽くなる
どうすればいいんだろう、子供のことは?仕事のことは?どうやって生きて行けばいいんだろう?
何も手がつけられないまま月日が過ぎて行きましたが状況が好転することはありませんでした。
そんなある日、ふとしたきっかけから心理療法の勉強会の案内を目にした私は、吸い寄せられるような思いで参加しました。
自らもカウンセリングを受けつつ勉強を進める内に、「私、ずっと苦しんでいたんだ。」「助けを求めてもいいんだ。」と初めて思うことができたのです。
心がうそのように楽になり、どん底の暗闇の中に小さな光が差し込んだような気分になったことを今でも鮮明に覚えています。
私は自分が幸せになろうとしていなかったんだ、
私も幸せになっていいんだ
誰かのために頑張るんじゃない、自分のためにがんばればいいんだ。
それが本当の自分なんだ。
そう気付いた私は、その後何度かカウンセリングを受けながら心も身体もみるみる回復して行きました。
ようやく、本当の自分に気づけたことが私の人生の転換点だったと思います。
⚫︎うつからの回復、夫の暴言からの解放、子供たちは登校できるようになり、充実の人生に向けてもう一度生き始めた
心身ともに回復した私は無事に再就職を果たし、仕事を再開しました。心も身体も強くなった私は、エネルギッシュに仕事をこなしました。
子供たちも元気になった私を見て安心したのだと思います。再び学校に行けるようになりました。
最初は緊張した表情の日もありましたが、親子で笑って話す時間が増えて行ったのです。
幸せそうな子供たちを見て、私もますます元気になって行きました。
夫に対しては怖い思いをなかなか拭いきれずにいましたが、ある日「暴言をやめて、健全な家庭を築きたい。」と伝えました。残念ながら変わることはなかったため、自ら離婚を申し出ました。
夫の暴言から解放されたこともあって、その後の私は見違えるように、自分らしく生き生きと充実した毎日を過ごせるようになりました。
もし、あの時、カウンセリングに出会わなかったら、私はずっと苦しみを抱えながら人生を過ごしていたと思います。
「心理療法の勉強会に参加してみよう。」というほんの少しの行動が、今の自分の幸せにつながっていると心から思います。
1人でも多くの人を助けたいという想いからカウンセラーに
カウンセリングに出会って本当の自分を見つけた私は、自分の考え、自分のやりたいことがはっきりとわかるようになり、活力にあふれた人生を送るようになりました。
プライベートでは新しいパートナーと巡り合い、共に生きる幸せを感じています。
職場では、周りの人に合わせることなく自分の意見を円滑に伝え、対人関係のストレスを抱えなくなりました。
また、学んだ心理学を活かして、年間延べ120人にカウンセリングやコーチングを行いチームを育成するなど、自分らしく活躍できるようになりました。
人は誰でも幸せになる力があります。どの人も等しく幸せになれるのです。
ちょっと悩んでいる人も、すごく苦しんでいる人も、若い人もそうでない人も。
誰でも幸せになれる。
そのお手伝いをするのがリライフカウンセリングです。
・ なぜだかわからないけど、生きづらさを抱えている。
・本当の自分が見つからない。
・職場や家で安らげなくて疲れてしまう。
・自己肯定感が低く、自分はダメだと思ってしまう。
このようなお悩みを抱えている方たちにカウンセリングを行い、充実の人生を切り開くお手伝いをしています。
1人でも多くの悩みを抱えている人の役に立ちたい。
自分らしく生き生きと幸せに生きる人を1人でも多く増やしたい。
カウンセラーとして活動することで、社会全体が幸せになるよう貢献したい。
そんな想いで、リライフカウンセリングを行っています。
あなたも、お話しに来ませんか?
そっとあなたを受け止めます。